【COOLS】横山剣・初めてのクールスとは!?







 

こんにちは・・・

今回は第3期クールスに

在籍していた横山剣さんの

クールスに関するブログ投稿を

お伝えしたいと思います。

それではどうぞ・・・

1999年11月30日(火)

03時22分08秒 の投稿です。

初めてナマのクールスを

見たのは1975年

4月13日、雨の

日比谷野外音楽堂でした。

そう、その日は忘れもしない

キャロル解散コンサート。

京浜工業地帯の泥臭い

印象のキャロルとは

ちょっと違った。

山の手スタイルの

洗練されたリーゼント集団、

それがクールスの

第一印象でした。

そんなクールスのスマートで、

シャープで、クールな

スタイルは、まるで、

いつか見た古いフランス映画に

出て来るパリの

暴走族みたいでした。

クールスの本拠地である

表参道が、当時、

パリのシャンゼリゼを

模したおしゃれな大人の

街だったという事も

大きかったと思います。

クールスの溜まり場だった

レオンや、カフェドロペの

軒先に並んだ自慢の

黒いマシンたち。

セパハンで決めた

カフェレーサー仕様の

ゼッツーは当時のクールスを

語る上では欠かせない

マシンだったと思います。

当時、15才~16才だった

自分には、まだハーレーの

本当のカッコ良さが

理解できなかったというのも

あったと思いますが、

とにかく自分としては

初期クールス=黒のゼッツー

という印象が強烈にあります。

そんなクールスがアルバム

「黒のロックンロール」で

デビュー。

同じロケンロールでも、

キャロルとは全く違った

スタイルのアーリー

アメリカンスタイルの

音楽を打ち出したところに、

クールスのプライドというか

独自性を感じました。

当時、キャロル派、

クールス派とありまして、

この時点ではまだ自分は

キャロル派でしたが、

「ロックンロール
エンジェルス」を

発表した頃よりクールスに

傾いていったように思います。

ジェームス藤木の

「恋の終わり」、

村山一海の「サマーレディー」

舘ひろしの「恋のダイヤリー」

などなど、たまらなく好きで、

ヴォーカル的には

ジェームスさんによる

リトルリチャードマナーの

「のっぽのサリー」を聴いて、

ブッ飛びました。

いかがでしたか?

当時中坊だった剣さんが

ありのままの感想を

投稿しているものです。

この中で、初めはキャロルを

指示していた自分の感情が

だんだんクールスに傾いていく

剣さんにとって

ジェームスさんの存在は

大きかったのでは

ないでしょうか

並外れた才能が神的才能に

感化したのだと思います。

剣さんはどっかの取材で

ジェームスさんの偉大さに

触れ、影響を受けたと

語っていましたからね。

上レベルの作詞・作曲の才能

そして、300キロを

出せるのに150キロで

唄っている軽やかに歌い方

本当にしびれるぜ!

あなたはどう思いますか?

今回、貴重な剣さんの

思い出が聞けましたね。

引用:copymarket