【クールス】岩城滉一・舘ひろし脱退※クールスは生き続け43年とは!?







 

こんにちは・・・

今回はクールス・二人の脱退

というテーマでお話しします。

その二人というのは・・・

岩城さんと舘さんです。

それではどうぞ・・・

岩城滉一はクールスの副団長

岩城滉一さんは、舘ひろしと

原宿を拠点にクールスで

副団長をしていました。

とある飲食店で食事を

していた岩城滉一さんに

舘ひろしさんが歩み寄り、

身構えた岩城滉一さんに

「あのバイク、君の?」と

話しかけ、バイクの話題で

意気投合したのが

きっかけで・・・

クールスを旗揚げした。

当時の舘ひろしさんは

バイクの免許を持っておらず

岩城に勧められて

岩城のバイクに二人乗りして

教習所に通ったそうです。

東京原宿で1974年12月、

舘ひろしさんをリーダーに、

岩城滉一さんをサブリーダーに

および岩城滉一さんの

学生時代からの友人であった

佐藤秀光さんらで結成された

モーターサイクルチームが

原点となったのです。

これがのちのクールスです。

結成に際して

「このチームはリーダー
(舘ひろし)の独裁により
運営される」という

血判状を作成したと

いわれています。

舘ひろしさんはカワサキの

ZIIに乗っていました。

チーム結成当時の人数は

21人で、全員リーゼント

黒の革ジャンパー

黒または青のジーンズ

黒のオートバイで

統一されていました。

このスタイルがクールスであり

これを超えるグループは

その後、なかったのです。

結成からすでに40年以上

経っていますが、

音楽性やファッションなど

一貫して変わらず活動を

続けているようです。

メンバーに舘ひろしさん、

岩城滉一さん、水口晴幸さん

(ピッピ、PITPI)、

横山剣さんなど有名芸能人を

輩出しています。

BUCK-TICK、藤井フミヤなど、

その影響を受けた

ミュージシャンは数多い.

当初は、そのファッションや

成り立ちから「不良」を

売り物にしていました。

バンド結成当初は

コンサート会場にファンの

暴走族が集結したり、

その他のファン層も

不良少年が多かったです。

そんなクールスに転機が!

そんなクールスに転機が

訪れることになります。

1975年、矢沢永吉が、

舘ひろしに、

ライブの演出として、

クールスの参加を依頼した

ことから・・・

クールスは、テレビ番組

銀座NOWで評判になり

人気を上げるのでした。

キャロルの解散ライブの

護衛をしたのでした。

巷ではこの護衛を

親衛隊と書かれていますが

警護、警備でした。

舘さんがオーディエンスや

キャロルのメンバーに

インタビューをしたのでした。

このラストライブには

岩城さんも参加しています。

矢沢さんとの関係は

舘さんより岩城さんの方が

強かったらしいです。

岩城滉一のクールス脱退

COOLSのデビューでは

当初、舘ひろしさんは

バンド結成については

否定的でありましたが、

熱心なキングレコードの

若手社員に説得され、

「チームのメンバーを
食べさせていくため。」

という理由で・・・

止む終えずバンド結成を

決意しました。

キャロル解散後の1975年9月、

チームの中から選抜された

7名とバンド結成から参加の

大久保喜市の計8名で、

アメリカンロックン

ロールバンドCOOLSとして

「紫のハイウェイ」で

デビューします。

その際、岩城滉一さんは

参加しておらず、そのまま

俳優となりました。

岩城さんは音楽には

興味がなかったらしく

その上、東映でのデビューが

まじかに迫っていたので

参加しなかったのでした。

その後、クールスの活動に

疎遠になっていき脱退。

舘ひろしとメンバーの対立

その後1977年4月

リーダーの舘ひろしさんが

脱退しました。

後に大久保さんが出版した

「ストレンジブルー」に

よると・・・

クールスのメンバーが

出演した映画の主演は

舘ひろしさんであり、

その他のメンバーは

脇役という状況に不満が

爆発したのでした。

またリーダーとして

すべてを握る舘さんに

他のメンバーから反感が

出はじめ、そのほかでも

映画やマスコミに出たい

舘ひろしさんと、

純粋に音楽だけをやりたい

他のメンバーとでズレが出て

次第に血の結束を誇った

クールスでも

「舘VSメンバー6人」で

修復不可能な亀裂が

生じてきたことが

舘ひろしさん脱退の原因と

されています。

解散コンサートも行われ、

それを録音したのが

『ハローグッドバイ』です。

そのため、

現在のクールスとは

別だという説もありますが、

舘ひろしさん以外の

メンバーで続けられたのも

事実です。

いかがでしたか?

目まぐるしくあわただしい

彼らの状況の中で

精一杯やっていたことが

お互いにわからなかった。

リーダーはリーダーとして

メンバーのことを考えて

やっていた。

岩城さんはメンバーのことを

考えて東映に出演を

掛け合ってくれていた。

その時、舘さんは歌と

映画の両立は難しいと

判断して、岩城さんの

出演依頼を断った。

そのようなことがごっちゃで

結束に亀裂が入った。

あなたはどう思いますか?

 

 

 

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引用:copymarket