【クールス】ジェームス藤木・舘ひろしを語る







 

こんにちは・・・

今回はクールスの才能である

ジェームス藤木さんが

舘ひろしさんについて語った

貴重な一説をお届けします。

ジェームスさんといえば

小生が憧れる神的な存在。

クールスの中では冷静沈着で

余分な口は叩かない彼が

唯一自分の感情を出した

当時の証言とは!?

それではどうぞ・・・

ここで紹介する記事は

あるクールスファンのものを

参照させて頂きました。

クールスというグループは

バイクチームとしても

バンドとしても

結成当時は舘ひろしさんが

リーダーだった。

クールス誕生の伝説の

血判状の捺印。

そして結成されたのだった。

1974年12月13日当時

1950年3月31日生まれの

舘さんは・・・

24歳と言う事になる

遠藤夏輝さんの本によれば

当時舘さんはデザイナーや

モデルをやっていたという

ことになっているが・・・

雑誌「FREEDAMNED」の

インタビューでは

舘さん御本人が大学生だったと

発言されている

クールスというバイクチームは

不良バイカーのカリスマ

レジェンドというイメージが

あるのだが・・・

よくよく考えてみれば24歳の

大学生が暴走族やってたって

事はどうなんだろう? 笑!

しかも24歳にしてナイフで

自らの指を切り血判状に

血判を押すというのも

些か幼稚なような気もする

不良が大学に行ってる

ってのも不思議な気もするし

24歳で暴走族というのも

大人げない気もする

確かに当時クールスは

スタイリッシュでクールな

イメージだったし

中坊だった僕は憧れもしたが

当時メンバーの年齢や学歴、

職歴などを考えた事もなかった

しかしこうして大人になって

彼等の事を知るに連れて

どうしてもその辺りの事が

不思議に思えるんですよね

24歳と言えば僕は結婚して

長男が生まれて独立して

店を開業した年齢ですぞ

24歳時に僕も大型バイク

(KAWASAKI Z750FXⅠ)には

乗ってましたが暴走族は

遙か昔に卒業してましたぞ

聞く所によるとバイクチーム

COOLSのサブリーダーだった

岩城滉一さんも

後にクールスのリーダーになる

ドラムスの秀光さんも

大学に行っていたそうな

親に学費を払ってもらいながら

大型バイク買って卒業もせず

24歳にもなって暴走族を

やってる・・・

う~ん当時のメンバーの

状況がよく分からないけど

考えてみれば???

だらけですな~ 笑!

それらの事について

ジェームスさんは

インタビューで

「暴走族って言われることに
抵抗があった、
だって22,23だぜ!

ヒロシは子供っぽい
血判状とかね・・・」

って語っています

だからジェームスさんは

バイクの免許も

取らなかったのか?!

舘さんは幼さと責任感という

両極端な性格を持ち

合わせた人だったんでしょう。

その上、ロマンチストで

ナルシストでもあったような

気がしますね

いかがでしたか?

個人的な意見としては

マスコミに作り上げられた

クールスのイメージが

独り歩きしていて

実際のクールスの状態と

報道される内容が

違っていたのだと思う。

あなたはどう思いますか?

 

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引用:copymarket