【クールス】舘ひろし・岩城滉一42年目の和解※俳優業とロックバンドとは!?







 

こんにちは・・・

今回はマチャミこと

玉川雅乙さんの死と

舘さんと岩城さんという

テーマでお届けします。

日本を代表する俳優

舘ひろしと岩城滉一。

二人は元々「クールス」の

メンバーとして一緒に

活動していた。

しかし、

その後42年間にわたり

疎遠になっていたのを

ご存知でしょうか?

そんな彼らが、このたび

電撃的な和解を行いました。

■42年越しの和解!
舘ひろしと岩城滉一が
仲間の通夜で涙の抱擁!!

キャロルが解散したのち

COOLSとして・・・

デビューシングル

「紫のハイウェイ」には

岩城滉一は

参加していません。

舘ひろしの名前は見えますが

■「仲間の死」が彼らを
 再び引き戻した。

2017年12月18・19日に、

クールスの元メンバー

「マチャミ」こと

玉川雅巳さんの葬儀が

行われました。

その通夜にて、

舘ひろしと岩城滉一は

男泣き。

お互いに肩を抱き合い、

親友の死を悼みました。

■なぜ二人は疎遠に
 なっていたのか?

互いを思うゆえのすれ違い

俳優として芸能界の

第一線で活躍する二人。

彼らが疎遠になっていたのは

お互いを思いやるゆえの

すれ違いでした。

「クールス」を

一躍有名にしたのは、

1975年に行われた

「キャロル」の

解散コンサート。

そこでクールスは

キャロルの親衛隊を務め、

それがきっかけとなり

ロックバンド

「クールス」としての

デビューが決定しました。

■燃えつきる=キャロル・
 ラスト・ライブ!

「ラスト・ライブ」の

ジャケット。

ここでクールスは

熱狂するファンから

キャロルを守る

「親衛隊」を務めました。

元々バイクチームであった

「クールス」。

ロックバンドとして

デビューが決定したものの、

岩城滉一は音楽には

興味がなく、

一方で俳優として

東映から映画デビュー

そこで岩城は他の

メンバーも俳優として

活動できないかと

東映に掛け合っていた

のですが…

リーダーやメンバーが

歌に熱中していき

自分のしていることが

無駄になってしまった。

このことが・・・

岩城滉一がクールスから

離れていく原因になったと

推測されます。

そして、舘ひろしと

岩城滉一は俳優業が

忙しくなって行った。

そしていつの間にか

長い歳月がたってしまった。

この辺が真実では

ないでしょうか。。。

ここでちょっと疑問が!

岩城滉一が東映に掛け合って

メンバーの出演を頼んでいた時

岩城の提案に、舘ひろしは

「バンドはやるけど、
映画には出ない」と

はっきりと断ったのです。

バンドも映画もやるとなると、

チームがまとまらなくなる

という気持ちが舘の中に

あったのではと

言われています。

映画に興味があり、

メンバーのために東映に

掛け合っていた岩城と、

あくまでバンドとしての

活動でチームをまとめたい

という舘の考えにすれ違いが

生じ、結局バンドには

岩城は参加しないことと

なったのです。

■クールスのデビューアルバム
「クールスの世界」。

既に岩城滉一の姿はありません

そんな経緯のある二人ですが、

40年来の親友の死を前にして

今回の和解。

「マチャミの生き様と死が、
クールスをもう一度
1つにしてくれた」と

参列した人なら誰もが

そう思ったに違いありません。

いかがでしたか?

ロックバンドクールスが

デビューを果たすこの時期は

岩城滉一さんが俳優として

デビューするときと重なって

いました。

バイクチームを作るときには

岩城滉一さんの力があって

チームがまとまりました。

しかし、今回に関しては

舘さんと岩城さんが事前に

もっと話を煮詰めていれば?

そんな風に思うのは・・・

小生だけでしょうか?

あなたはどう思いますか?

 

 

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引用:copymarket