【クールス】COOLS結成式※舘ひろし製作・色褪せた誓約書・その時歴史は動いたとは!?







 

こんにちは・・・

今回はクールス結成のその時と

血判状と題してお届けします。

それではどうぞ・・・

1974年(昭和49年)

12月13日の金曜日に

東京原宿にあった

「ディノ・バーガー」で

バイクチームCOOLSが

結成された事は

ファンの間では

よく知られている

バイクチームCOOLSの

リーダーは舘ひろしさん、

サブリーダーは岩城滉一さん

結成当初クールスは

17名だった

夜中の1時に行われた

結成式では舘ひろしさんが

製作したクールスの誓約書が

各メンバーに配られ、

メンバー全員がナイフで

指を切り血判を押した

伝説の血判式!!  

バイクチームCOOLSは

結成当時17人だったから

当日配られた誓約書は

17部という事だろうが、

その後何人かメンバーが

増えている。

ここでちょっと面白いものを

紹介しよう。

先日、YOUTUBEで面白い

動画を発見した

その動画は2005年頃に

放送されたと思われる

細木数子さんの

「ズバリ言うわよ」という

バラエティー番組だった

その番組のゲストに

舘さんが出演して

クールス時代の秘蔵映像と共に

当時のエピソードを

語るという内容の番組だった

秘蔵映像には舘さんが

ピッピさんに

インタビューしてる

場面もあった

前後の映像から、

たぶんこの映像は

「ぎんざNOW」出演時の

物だろうと思うが

こんな映像カットは

始めて見たぞ! 笑!

その映像の中に何と、

1974年12月13日の

バイクチームCOOLS

結成式の時に

メンバーに配られた、

舘さん直筆の誓約書が登場した

テレビ初公開という事だが、

おそらく最初で最後の

公開だったんじゃなかろうか?

胸が高鳴るのを抑えるのが

精一杯だった。

生涯クールスオタクの小生は

ありとあらゆる資料を

集めているのだが・・・

結成当時の誓約書はなく

大変貴重なものである。

そんな誓約書が出てきた

のだから・・・

第3の感情が高ぶり

自然と涙が出てきた。

お~何たることや!

さすがピッピさん。

当時の誓約書を

取っておくなんて!

色褪せ劣化した誓約書には

1974・12・13の

日付と

Hiroshi Tachiという

舘さんの署名が確認できる

この誓約書がピッピさんの

所有の物だという事もあり

映像にはピッピさんの

インタビューもあった

当時のエピソードを

聞かれたピッピさんは、

遠藤夏樹さんの著書

原宿ブルー・スカイ・ヘブンに

出て来る件を話されていた

当時ブティックで働いていた

メンバーが店名義のカードを

無断で使い

それがバレてオーナーから

200万円の返金請求をされた

返金出来なければ警察に

訴えると言われていた。

そして、もしできなければ

クールスのデビュー初ライブが

中止になるという瀬戸際。

メンバーの不祥事に責任を

感じたリーダーの舘さんは

1日中駆け回り200万円を

かき集めて返済したという事だ

という舘さんのリーダー魂に

助けられたクールスメンバーは

何とか初ライブにこぎつけた。

当時ブティックで働いていた

メンバーってのは 

Mさんだと思うが(笑)

ピッピさんが堂々とテレビで

言うという事は満更

フィクションじゃ

なかったんだな~

いかがでしたか?

当時の生々しい状況が

分かったと思います。

それにしても、誓約書では

ピッピさんの几帳面な性格が

そして、だらしないメンバー

両極端ですよね。

メンバーの不祥事は

これだけではなく

いろいろあったと聞きます。

舘さんやピッピさんがいたから

クールスがデビューできたと

言っても過言ではありません。

あなたはどう思いますか?

 

 

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引用:copymarket