【クールス】クールス・ロカビリー・クラブ新たな可能性※ジェームス藤木の卓越した才能とは!?







こんにちは・・・・

今回はリーダー・舘ひろし

脱退後の新たなスタート

クールス・ロカビリー・クラブ

新たな可能性というテーマで

お話ししたいと思います。

それではどうぞ

舘ひろし脱退後

キング・レコードから

トリオ・レコードに

移籍した。

クールス・ロカビリー・クラブ

と改名した。

このトリオ・レコードからの

第1弾、

「クールス・ロカビリー・
クラブ」は

トータル的に観て決して

出来の良いものとは言えない。

ここでもやはり2枚目の

「BEA GOOD BOY」の方が

遥かに優れていると

言わざるを得ない。

 

このLPでは

「キューティー・スー」

「あの娘はマタニティー」の

2曲以外全てメンバーの

作であり、ポップな乗りの

ロックン・ロールに加え

「ひびわれたグラス」と

いった重厚なバラッドをも

手がけ出している。

これはクールスが

キング時代とは違った、

より正確な方向性を示し

出した証と言って良いだろう。

そしてトリオ3枚目のLP

「THE COOL」では、

前作の延長線上の音づくりに

もうひとつ肉付けをし、

より完成度の高いアルバムに

仕上がっている。

この「THE COOL」は

セールス面でも最高の

記録を残している。

「THE COOL」

「君の窓辺に」

「恋のコールデン・リング」

など、どの曲を取り上げても

特筆に値するクールスの

名盤である。

トリオ時代、

’78年頃のクールスが

一番油の乗りきった時期と

言えるかも知れない。

「THE COOL」の後に

日比谷野外音楽堂でのライブ

「デッドヒート日比谷」を

発売したのだった。

そして、山下達郎を

プロデューサーに

迎えたシングル

「センチメンタル・
ニューヨーク」が

リリースされる。・・・・

また、同じ山下達郎の

サウンド・プロデュースでの

アメリカ録音盤

「ニューヨーク・シティNY」

が発表された。

しかし、この年 ’79年12月、

渋谷公会堂のコンサートを

最後に水口晴幸が

脱退を表明。

クールスもトリオから

ポリスター・レコードに

移籍することになる。

いかがだったでしょうか?

リーダー舘ひろしさんが

脱退したクールスはもうだめだ

という風潮をぶっ壊し

「舘には絶対負けない」という

気概みたいのを感じましたね。

クールスロカビリークラブでは

クールスとしての方向性を

確固たるものにしたのですね。

ジェームスさんの卓越した

才能が世に出るときが来て

社会がそれを待ち望んでいた

新たな可能性の出発ですね

 

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引用:copymarket.
画像出典:copymarket.