【クールス】舘ひろし&岩城滉一の出会いが始まり※COOLSは矢沢永吉率いるキャロルの舎弟じゃねえ!







 

こんにちは・・・

今回はクールスの結成とと

舘ひろしさんと岩城滉一さんの

出会い、

そして・・・

キャロル解散コンサートでの

親衛隊について

お届けしたいと思います。

■舘ひろし&岩城滉一

二人から連想されることと

言えば・・・

いろんなヤンチャなことを

経験してきて、落ち着いた

そんなことでしょうか。。。

若い時代に散々やらかした

男たちにとって

渋い年齢の重ね方の

お手本でしょうね。

■二人の原点は
バイクチームの「クールス」

1975年結成、現在も活動中

結成からすでに43年以上

経っているが、

音楽性やファッションなど

一貫して変わらず活動を

続けている。

元メンバーに舘ひろし、

岩城滉一、水口晴幸

(ピッピ、PITPI)、

横山剣など有名芸能人を

輩出している。

BUCK-TICK、藤井フミヤなど、

その影響を受けた

ミュージシャンは数多い。

当初は、

そのファッションや

成り立ちから「不良」を

売り物に。

バンド結成当初は

コンサート会場にファンの

暴走族が集結したり、

その他のファン層も

不良少年が多かった。

■二人がいたころの
クールスを振り返る

舘ひろしと岩城滉一は、

ともに途中でクールスを

脱退している。

■舘ひろしと岩城滉一の出会い

とある飲食店で食事をしていた

岩城滉一に舘ひろしが歩み寄り

身構えた岩城に

「あのバイク、君の?」と

話しかけ、バイクの話題で

意気投合したのが

きっかけとされています。

当時の舘ひろしは

バイクの免許を持っておらず

岩城に勧められて

岩城のバイクに二人乗りして

教習所に通ったそうです。

なんだかドラマの

ワンシーンのような

二人の出会いですよね。

あのバイク、君の?

お、おう。そうだけど。

こんなやり取りが

あったんでしょうね

■クールス結成

当時、クールスに憧れた人も

多かったことでしょうね

舘がリーダー、

岩城がサブリーダー

東京原宿において

1974年12月、

舘ひろしをリーダーに、

岩城滉一をサブリーダーに、

および岩城の

学生時代からの友人

佐藤秀光らで結成された

モーターサイクルチーム。

それがクールスです。

結成に際して

「このチームは舘ひろしの
独裁により運営される」と

いう血判状を作成したという。

舘ひろしはカワサキの

ZIIに乗っていた。

チーム結成当時の人数は

21人で、全員リーゼント

黒の革ジャンパー

黒または青のジーンズ

黒のオートバイで統一される

「黒」にこだわったのは、

舘ひろしが学生時代に、

ラグビー部の主将をしていて、

「オールブラックス」が

好きだったからとされる。



引用:copymarket
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