【クールス】COOLS 舘ひろし・岩城滉一 そしてキャロルとの関係とは!?







 

こんにちは・・・

今回はクールス2トップ

舘ひろし・岩城滉一さん

そして、キャロルとの関係

というテーマでお伝えします。

それではどうぞ・・・

舘ひろし・岩城滉一いまや

ダンディーとしか

いいようがない二人の名優

いろんなヤンチャなことを

経験してきて、落ち着いた

若い時代に散々やらかした

男たちにとって

渋い年齢の重ね方の

お手本でしょうね。

二人の原点はバイクチーム

「クールス」

結成からすでに40年以上

経っているが、

音楽性やファッションなど

一貫して変わらず活動を

続けている。

元メンバーに舘ひろし、

岩城滉一、水口晴幸

(ピッピ、PITPI)、

横山剣など有名芸能人を

輩出している。

BUCK-TICK、藤井フミヤなど、

その影響を受けた

ミュージシャンは数多い。

そのファッションや

成り立ちから「不良」を

売り物に。

バンド結成当初は

コンサート会場にファンの

暴走族が集結したり、

その他のファン層も

不良少年が多かった

■舘ひろしと岩城滉一の
出会い

とある飲食店で食事をしていた

岩城滉一に舘ひろしが歩み寄り

身構えた岩城に

「あのバイク、君の?」と

話しかけ、

バイクの話題で意気投合した

それがきっかけでした。

当時の舘ひろしはバイクの

免許を持っておらず、

岩城に勧められて岩城の

バイクに二人乗りして

教習所に通ったそうです。

なんだかドラマの

ワンシーンのような

二人の出会いですね。

■結成バイクチーム
「クールス」

当時、クールスに憧れた人も

多かったことでしょうね

舘がリーダー、

岩城がサブリーダー

東京原宿において

1974年12月、

舘ひろしをリーダーに、

岩城滉一をサブリーダーに、

および岩城の学生時代からの

友人であった佐藤秀光らで

結成されたモーターサイクル

チームが原点。

結成に際して

「このチームはリーダー
舘ひろしの独裁により
運営される」

という血判状を作成したという

舘ひろしはカワサキの

ZIIに乗っていた。

チーム結成当時の人数は21人で

全員リーゼント

黒の革ジャンパー

黒または青のジーンズ

黒のオートバイで統一される

1975年4月13日、

矢沢永吉率いる「キャロル」の

解散コンサートで親衛隊を

務める。

これは

ローリング・ストーンズが

ヘルズ・エンジェルスを

親衛隊にしてコンサートを

行なったことに影響されて、

矢沢が舘に同じような演出を

したいと持ちかけたもの。

キャロルの解散コンサートを

収録したDVDには

バイクチーム時代のクールスの

走行場面が映っており、

また、岩城滉一がキャロルとの

思い出を語ったり、

舘ひろしがキャロルメンバーに

インタビューしたりする

場面などが収録されている。

■矢沢栄吉率いる
「キャロル」との関係

この活動によりクールスは

一躍脚光を浴びた。

なおクールスは

キャロルの親衛隊であったが、

個々の交友や接触は

あったものの両者は

対等な関係であり、

また当時はあくまで

ロックバンドとそれを

支持するバイクチームの

関係であった。

よってクールスは

キャロルの弟分バンド

矢沢永吉は舘ひろしの兄貴分

という認識は誤りであり、

またその後のクールスの

音楽性もキャロルとは

異なるものであった

日本における全ての

ロックバンドの歴史は

キャロルから始まった

といっても過言では

ないでしょう。

わずか2年半の

活動期間にも関わらず、

後世に続く日本の

ロックンロールを

方向付けたのは間違いなく

キャロルと矢沢永吉です。

■第1期 クールス

当初、舘ひろしは

バンド結成については

否定的であったが、

熱心なキングレコードの

若手社員に説得され、

「チームのメンバーを
食べさせていくため。」

として、バンド結成を決意する

キャロル解散後の1975年9月、

チームの中から選抜された

7名とバンド結成から参加の

大久保喜市の計8名で、

アメリカンロックンロール

バンド「クールス(COOLS)」

としてシングル

「紫のハイウェイ」で

デビュー。

引用:copymarket
画像出典:copymarket