【クールス】COOLSデビュー・舘ひろし※よく考えてみるとおかしな点が多いとは!?







こんにちは・・・

今回はクールスがデビューした

当時のよく考えるとおかしな点に

ついていろいろ書いてみたいと

思います。

往年のクールスファンは

よく御存じだと思うが

クールスが最初に公の場に

出たのはデビュー前の

1975年初頭に発売された

「mc Sister」という

女性ファッション誌の

フィフティーズ特集での

記事でした・・・

黒い革ジャンにリーゼント

黒い大型バイクに跨る

黒い集団クールスは

ポニーテールに50’s

ファッションで身を包んだ

女性モデルと共に

誌面を飾ったのです。

その後・・・

4月13日に親交のあった

キャロルの解散コンサートの

親衛隊を務め世間から

注目を浴びる存在となり

キングレコードから

バンドデビューするのです。

そして・・・

元キャロルの

ジョニー大倉さんが

プロデュースしたアルバム

「黒のロックンロール
/クールスの世界」と

ペンネーム五大洋光こと

矢沢永吉さんに

楽曲提供されたシングル

「紫のハイウェイ」を

同年9月にほぼ同時に

リリースしてデビューを

果たしたのです。

以上がクールスのデビュー

前後の経緯ではあるが

そもそも彼等は

バイクチームであり

クールス結成前後の事を

遠藤夏樹さんが描いた

「原宿ブルース
カイヘブン」という本には

「職業として弾き語りを
やってたジェームス
意外は音楽は素人だった」

・・・と書かれている

しかしグリースアップ

マガジンという雑誌の

インタビューに答えている

ジェームスさんは

「デビューの話が来る
前からバンドは自分達で
遊びでやっていたんだよ」

と答えている。


引用:copymarket
画像出典:copymarket