【クールス】COOLS・セカンドアルバムROCK’N ROLL ANGELS※舘ひろしとメンバーとの亀裂・・・映画「男組」水口晴幸とジェームス藤木は出演拒否とは!?







 

 

ティーンエイジの頃

擦り切れるほど聴いた

ロックンロールバンド

「CAROL」と「COOLS」

そんな70年代の楽曲に

スポットを当て当時の

世相やグループや

メンバーのエピソード

小生の思春期の思い出を

書き記しています。

今回はCOOLS

セカンドアルバム

「ROCK’N ROLL ANGELS」

辺りの事を掘り下げてみました

キャロルのラストライブの

親衛隊を務め注目された

バイクチームCOOLSは
舘ひろしさんをリーダーに

1975年9月21日に

キングレコードから

ファーストアルバム

「黒のロックンロール
クールスの世界」を

リリースして

メジャーデビューを

果たします

デビュー当時の事が書いてある

元クールス ベーシストの

大久保喜一さんの著書

「ストレンジ・ブルー」や

当時のクールスと親交があった

遠藤夏樹さんの著書

「原宿ブルースカイヘブン」を

読んでも最初はグループも

上手くいってたようですね~

デビュー前には高くて

手が出なかった楽器も

メンバーは次々に手に入れてる

ジェームスさんは

グレッチのギター、

フランクさんはオールドの

フェンダーのテレキャスター

喜一さんはプレジョン・ベース

秀光さんはパールの

ドラムセットを

手に入れたそうです

ファーストアルバムの

セールも順調でテレビ番組

「ギンザNOW」にも

出演が決まった

コンサートツアーも始まり、

松田優作さんとクールスが

共演した映画

「暴力教室」も封切られた

映画のPR効果もあり

ツアーも順調だったそうですよ

そして1976年7月、

待望のセカンドアルバム

「ロックンロール
エンジェルス」が

リリースされます

ファーストアルバムは

ジョニー大倉さんの

プロデュースで

リリースされましたが

セカンドアルバムである

ロックンロール

エンジェルスは

大木トオルさんが

プロデュースされています

そのアルバムジャケットに

先日ムラさんにサインを

入れていただきました

このアルバムには

プロデューサーの

大木トオルさんが

コメントを入れています

1975年秋、

「クールスから
電話があり」の

メッセージメモを

何度も見た

まさか・・・・・・

これが悪夢の始まりか

俺は十数年ブルース

ミュージシャンとして

音楽生活を自分なりに

ストレートに生きてきた

ここで奴らに

邪魔されてなるものか・・・

そっとしておいてほしい・・

だがその思いも

恐怖のリーゼントと

革ジャンパーの情熱に

負けた

・・そしてプロデュース

これまでいくつものBANDを

プロデュースし、

自分も叉学んだ

ある者はスターに、

ある者は消えていった

そんな中に、

これほどまでのショッキングが

あっただろうか

音楽しかない俺に、

奴らはサウンドと共に

すべての武器をさらけだす

暴力!ツッパリ!

自慢のオートバイ!

そしてRock’n Rollと、

これ以上おどかさないでくれ・・

リハーサルスタジオで俺は

彼らに言う

「ああして、こうして、
こうやるんだ」

と俺流ののうがきを

だが彼等の急速な上達と

勘のよさに目をみはるものが

ある・・・

そんな中いつのまにか

燃えてしまう

そして俺はステージのそでで

目がしらが熱くなる

彼らの汗を見ていると

心の中で思う

「テクニックなんて
マスターするな!

うまくなんて歌うな!」と

とほう もないことを

いつまでもチンピラで

いてほしいからか

ジャブは打たない

ストレートだけのクールス

そんな奴らの生きざまこそ

Rock’n Rollを地でいける

偉大なチンピラなのだ

PRODUCER 大木トオル


引用:copymarket
画像出典:copymarket