小泉進次郎・自民党筆頭副幹事長の自宅には小泉道子、小泉信子が住む。育ての母、政治の母である。そして、生みの母はどこ!?







道子さんには離婚した夫との間に娘が1人いたが、進次郎が生まれた時には成人しており、兄弟には愛情を一心に注いだ。

「あの2人を育てるために生きてきたようなものです」

道子さんは口癖のように、周囲にそう話してきた。道子さんから与えられた愛が“柔”であれば、信子さんの愛は“剛”だった。

信子さんは、防衛庁長官などを歴任した父・純也、弟の純一郎と二代にわたり秘書を務めた女傑である。多忙ゆえに家を空けることも多かったが、幼少期の進次郎は、信子さんに叱られることも多かった。

「温厚で口調も柔らかな道子さんとは対照的に、信子さんはハキハキとした物言いで、男勝りの性格。とりわけしつけにも厳しく、“コラ! 進次郎!”と、ヤンチャな甥っ子を怒る声がよく聞こえてきたものです」(別の近隣住民)

政治ジャーナリストの浅川博忠さんが言う。

「信子さんは“陰の総理”とまで呼ばれた女性で、永田町のことを知り尽くしている。純一郎が総理時代にもいろいろアドバイスし、縁の下の力持ちというべき大きな存在でした」

2009年に進次郎が政界に進出した際、誰よりも面倒を見たのは信子さんだった。

「進次郎が純一郎の後を継ぐと決めた時、永田町のイロハをたたき込んだのは信子さんです。街頭演説の仕方から、支援者とのつきあい方まで細かく教え、勉強会や忘年会を開く際は信子さんが仕切ったこともありました」(永田町関係者)

道子さんが人間としての進次郎を、信子さんが政治家としての進次郎を育てた。どちらが欠けても今の彼はいない。

「後に進次郎さんも生みの母と再会を果たし、それ以来いい関係になったようです。その時、道子さんが“やっぱり育ての母より生みの母がいいのかな…”と寂しそうに言っていたのが印象的でした」(前出・小泉家を知る近隣住民)

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